てきや稼業の流れ者車寅次郎が主人公の下町人情喜劇映画。《寅さん》シリーズとも呼ぶ。1969年の第1作以来,監督は山田洋次,主演は渥美清。シリーズとして世界最長記録である。発端は,山田が渥美に懇望され,書き下ろした同名のテレビドラマ(1968年10月-69年3月放映)の好評にある。寅が死ぬ結末にファンから抗議が殺到したため,山田は松竹をくどいて,69年8月封切の《男はつらいよ》で寅をスクリーンによみがえらせ,山田と渥美は一躍,松竹のドル箱コンビとなった。〈直情径行でおっちょこちょい,はた迷惑だが憎めない風来坊〉(渥美)と,《馬鹿》シリーズなどの作品をハナ肇主演で撮り続けてきた山田監督だが,それが《男はつらいよ》で突如ヒットした理由は,故郷の葛飾柴又へ帰ってきた寅が,叔父夫婦をはじめとする心優しき人たちに,すねたり怒ったりする〈甘え〉のパターンが,観客の心情をゆさぶったからだろう。森崎東監督の第3作《男はつらいよ・フーテンの寅》,小林俊一監督の第4作《新・男はつらいよ》を除いて,すべて山田がメガホンを取り,95年封切の《男はつらいよ・寅次郎紅の花》で48作となり,主演渥美清の死によって,終了した。毎回,寅の片思いの対象として登場する女優が売物となっているが,作者の視点は,むしろ,そのたびに気をやむ〈とらや〉一家とその周辺の,寅に〈ロードーシャ諸君!〉とからかわれる人たち,すなわち,山田監督の《家族》《故郷》《同胞》といった一連の庶民リアリズム作品につながる人間像にある。
執筆者:森 卓也
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日本映画。1969年(昭和44)8月に第1作が公開されて以来、盆と正月の年2作の平均ペースで26年間にわたってつくられた庶民喜劇。そもそもは映画監督山田洋次の原作で連続テレビドラマとして放送されたものだが、放送終了後、テレビで主演した渥美(あつみ)清と山田洋次監督のコンビで劇場用に松竹で映画化され、たちまち人気シリーズとなった。渥美の演ずるフーテンの寅(とら)こと車(くるま)寅次郎が的屋(てきや)稼業に飽きると、ふらりと生まれ故郷の東京は葛飾柴又(かつしかしばまた)に舞い戻り、叔父夫婦や倍賞(ばいしょう)千恵子(1941― )演ずる妹さくらに、心配をかける。心配の種となるのは、寅さんの美女に対する一目惚(ひとめぼ)れというのが毎回おなじみのパターンで、マドンナ役とよばれる相手女優が一作ごとに変わるのが新味となる。意気がよく人のいい寅さんの人間的魅力を中心に、人情の温かさをじっくり描いて根強い人気を保ち続けた。なお、シリーズ中、山田以外の監督作品が2本あった。渥美の死去により、1995年(平成7)12月の第48作『寅次郎紅の花』がシリーズ最終作となった。
[品田雄吉]
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…例えば木下恵介は,《お嬢さん乾杯》《破れ太鼓》(ともに1949)などの風俗喜劇や,《カルメン純情す》(1952)などの風刺喜劇に才腕をふるったが,作家論的にはむしろ《二十四の瞳》(1954)などの〈抒情映画の名匠〉として評価されることになる。このことは,結局,戦後の喜劇映画で最後に残ったのが,山田洋次の,ハナ肇主演のいわゆる《馬鹿》シリーズから,渥美清主演の《男はつらいよ》シリーズに至る一連の〈無知で気のいい男の悲喜劇〉という人情路線であることからも立証されよう。【森 卓也】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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